なぜ私たちは「すみません」と言ってしまうのか

席を譲ってもらった時。
重い荷物を持ってもらった時。
誰かにドアを開けてもらった時。

「ありがとうございます」と言えばいいだけなのに、なぜか「すみません」が先に出てくる。

そんな経験はありませんか。

私にとって、この言葉は言葉にできないくらい、人生に馴染んでいます。

それくらい、自然に、深く、染み込んでいる。

だからこそ、今日はこのことを書こうと思いました。


謙遜は、尊重があって初めて成立する

謙遜することは、決して悪いことではありません。
日本の文化の中で育まれてきた、美しい感覚のひとつだと思います。

ただ、今になって気づいたことがあります。

謙遜は、お互いへの尊重があって初めて成立するものだということです。
どちらか一方だけが遠慮し続けるのは、謙遜ではなく、対等な関係を手放すことになってしまう。

「すみません」が口から出た時、そこに尊重はあったでしょうか。相手への敬意だったでしょうか。

それとも、受け取ることへの罪悪感だったでしょうか。


「私は後でいい」という認知のクセ

「すみません」が口癖になっている方には、言葉だけでなく、人生の選択にも似たパターンが現れることがあります。

本当はやりたいことがあった。
本当は休みたかった。
本当は助けてほしかった。
それなのに、「私は後でいい」を選んできた。

家族のため、職場のため、誰かのためにずっと頑張ってきた。

そういう人ほど、何かを受け取る場面で自然と遠慮が出てしまいます。

認知科学では、私たちは出来事そのものではなく、出来事に自分がつけた「意味」を見ている、と考えます。

親切を受け取る瞬間に「申し訳ない」が先に立つのは、長年積み重ねてきた認知のパターンが言葉になって出ているのかもしれません。


言葉には、認知を変える力がある

「すみません」を「ありがとう」に変えることは、単なる言い換えではありません。

言葉を変えることで、自分が世界をどう見ているか—
その認知そのものが、少しずつ変わっていくのです。

「ありがとう」と口にした瞬間、あなたは親切を「迷惑」ではなく「贈りもの」として受け取ったことになります。

それは、相手との関係だけでなく、長い間「後回し」にしてきた自分自身との関係も、静かに変えていきます。


まず、観察することから

次に「すみません」が出そうになった時、少しだけ立ち止まってみてください。

「今、私は何を感じているのか」
「本当に伝えたい言葉は何か」

自分の内側をそっと見てみる。

これが現状観察です。
自分を責めるためではなく、今の自分を知るために行います。

続けていると、「これは本当に私の気持ちなのか、それとも昔受け取った価値観なのか」が、少しずつ見えてくるようになります。


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