いじめは、殴られたり蹴られたりすることだけではありません。
無視される。
聞こえるように悪口を言われる。
自分だけ、そこにいないことにされる。
目に見えない分、「これはいじめなのか」と自分でも疑いながら、ひとりで抱えてきた人が、この社会にはたくさんいます。
私も、そのひとりでした。
「なぜ私なのか」が、わからなかった
小・中学生のころ、私はいじめにあいました。
肉体的な暴力ではありませんでした。
ただ、無視された。
聞こえるように悪口を言われた。
それだけです。
でも当時の私には、最初、その「なぜ」がまったくわかりませんでした。
誰かが意図的に人を傷つけることが、本当にあるとは思っていなかったからです。
だから余計に、混乱しました。
理由を探しました。
そして、気づかないうちに「私に問題があるのかもしれない」と思い始めていました。
傷ついた子どもが選んだ、生き方
その経験から、私は少しずつ変わっていきました。
よく笑うようになりました。
周りに合わせるようになりました。
そして、バカなフリをするようになりました。
本当はわかっていても、わからないフリをする。
できるのに、できないフリをする。
出る杭は打たれる。
だから、出ない。
当時の私は、それを「戦略」とは思っていませんでした。
ただ、そうすることが自然になっていました。
傷つかないための、無意識の選択だったのだと、今ならわかります。
大人になっても、パターンは続いていた
時が経ち、大人になりました。
仕事でわからないことがあり、「なぜですか?」と質問したことがあります。
反論ではなく、ただ理由を知りたかっただけでした。
でも返ってきた言葉は、
「私の言うことに口答えしないで、黙って言われた通りにしていればいいの」
でした。
そのとき私は、あの頃と同じ感覚を覚えました。
身を縮める感覚。
声を小さくする感覚。
「また私が悪かったのかもしれない」と思う感覚。
子どものころに覚えた生き方が、大人になってもそのまま動いていたのです。
これは「心の問題」ではなく、脳の仕組みの話です
ここで少し、認知科学の話をさせてください。
人間の脳は、過去の経験をもとに「次に何が起きるか」を予測し、行動を選びます。
これを予測処理といいます。
過去に大きな痛みを経験すると、脳はその痛みを避けるために「危険パターン」を記憶します。
そして、似た状況が来るたびに、自動的に回避行動を選ぶようになります。
これは、弱さではありません。
脳が命を守るために持っている、合理的な仕組みです。
ただ問題は、脳が「あの時の状況」と「今の状況」を正確に区別しないことがある、という点です。
子どものころに「目立つと傷つく」と学んだ脳は、大人になっても「目立たない方が安全」という信号を出し続けます。
かつて「質問すると怒られた」と学んだ脳は、疑問があっても黙って従うことを「正解」にし続けます。
そしてそれは、夢に近づこうとするときにも、同じように働きます。
「諦めた」のではなく「近づかなかった」だけかもしれない
挑戦して否定されるくらいなら、最初から挑戦しない。
期待して裏切られるくらいなら、最初から期待しない。
本気になって傷つくくらいなら、最初から本気にならない。
これは諦めでしょうか。
認知科学的に言えば、これは脳が選んだ回避行動です。
傷つかないために、自分の可能性に近づかないという選択。
夢が消えたのではなく、夢に近づくことを、脳が止めていたのかもしれません。
いじめが残すもの、それは「世界の見え方」
いじめの根深さは、肉体的な傷より、その後の世界の見え方を変えてしまうところにあると、私は思っています。
無視された経験は、「自分は存在してよいのか」という問いを残します。
悪口を聞かされ続けた経験は、「やっぱり私はそういう人間なのか」という確信に変わっていきます。
そしてその「見え方」が、何十年も経った後も、静かに今の選択に影響し続けます。
これは大げさな話ではありません。
認知科学では、「自分はこういう人間だ」という脳の認識そのものが、行動の土台になると考えます。
自分をどう見ているかが、何を選ぶかを決めている、ということです。
過去は変えられない。でも、過去の「意味」は変えられる
いじめられた事実は、消えません。
傷ついた記憶も、消えません。
でも、その経験に対する認識は、変えることができます。
「自分を小さくしてきたのは、あの頃の私が生き延びるために選んだことだった」
そう理解できたとき、自分を責める必要がなくなります。
そして初めて、「ではこれからは?」という問いを、前向きに立てられるようになります。
過去が未来を決める必要は、ありません。
脳の「見え方」が変われば、選ぶ行動が変わります。
行動が変われば、現実が少しずつ変わっていきます。
「私なんて」と思ったとき、一度立ち止まってみてください
もし今、こんな言葉が頭に浮かぶなら。
「私なんてどうせ無理」
「また失敗する」
「もう遅い」
それは今のあなたの本音でしょうか。
それとも、傷ついたあの頃の自分が、あなたを守ろうとして言っている言葉でしょうか。
どちらかを責める必要はありません。
ただ、区別できるようになることが、変化の入口になります。
夢を諦めたのではなく、自分を小さくしていただけだったとしたら…
その気づきだけで、何かが少し、動き始めるかもしれません。
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