「頑張っているのに、なぜか人生が変わらない」
「同じ悩みを、何度も繰り返してしまう」
そんな感覚に、心当たりはないでしょうか。
それは意志の弱さではありません。
認知科学の視点で見ると
「変われない」には理由があります。
私自身の体験を交えて、その仕組みをお伝えします。
「変われない」のは、思考のクセが強固だから
人は長い年月をかけて、
特定の「ものの見方」を身につけていきます。
私たちは物事をありのまま見ているのではなく、
この見方(認知の枠組み)を通して解釈しています。
この枠組みは幼少期からの経験の積み重ねでできているため、
非常に強固です。
頭で「変わろう」と決めても、
無意識に根づいた枠組みまでは、すぐには書き換わりません。
新しい知識を得ても、
それは枠組みの「中身」を増やすだけ。
枠組みそのものに働きかけない限り、
行動や結果はなかなか変わりません。
私自身、学び、実践を重ねても、
すぐには変わることができませんでした。
「自分は間違っていない」という感覚の正体
厄介なのは、この思考のクセの中にいる間、
本人はそれが偏った見方だと気づけないことです。
私も長い間、
「自分はちゃんと考え、自分で判断している」と信じていました。
しかし振り返れば、
同じ枠組みの中をぐるぐる回っていただけでした。
景色が変わっても、
判断の土台は変わっていない。
だから同じ悩みを繰り返し、
また同じ場所へ戻ってきてしまう…
当時の私は、
それが思考のクセだとすら気づいていませんでした。
認知が現実をつくるという体験
この仕組みを痛感したのが、
身体醜形症と向き合った経験です。
当時の私にとって、
自分に見えている姿は紛れもない「現実」でした。
周囲から「そうではない」と言われても、
そうは思えませんでした。
人は現実そのものを見ているのではなく、
自分自身の認知というフィルターを通して世界を解釈しています。
この経験から、そう実感しました。
見えている世界を変えるには、
フィルターとなっている認知の側にアプローチする必要があります。
頭で分かっても、変わらない理由
情報にアプローチしながら、再現性のある技術で認知を扱う
これが、氣幸という形にたどり着いた理由です。
自分では気づけない領域に、なぜ他者の視点が必要なのか
自分の認知の枠組みは、
自分にとって「当たり前」すぎて、外から眺めることが難しいものです。
だから私には、
答えを教えてくれる人ではなく、
私が当たり前だと思い込んでいる前提に、
そっと問いを投げかけてくれる人が必要でした。
その問いによって、
「もしかしたら、これが自分の思考のクセかもしれない」
と思える瞬間が、少しずつ増えていきました。
人は、他者によって強制的に変えられるものではありません。
しかし、自分自身で気づいた瞬間から、認知は少しずつ書き換わり始めます。
認知の見直しに、終わりはない
今の私も、「もう大丈夫」とは思っていません。
思考のクセは、一度気づけば終わるものではないからです。
だから今も、自分の認知と向き合い続けています。
少し気づき、
少し修正し、
また気づく…
その積み重ねが、未来を変えていくのだと考えています。
もし今、「頑張っているのに変われない」と感じているなら、
それは意志の弱さではありません。
まだ気づいていない、
あなた自身の思考のクセがあるだけです。
私がそうだったように、答えを与えられるのではなく、
当たり前だと思い込んでいる前提に
問いを投げかけられて初めて、人は自分の枠組みに気づくことができます。
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