なぜ私たちは、相手をありのままに見られないのか――確証バイアスという落とし穴

「正直に話して」と言われたのに、怒られた理由

「お互い、正直に話そう」

そう言ったのは、相手でした。

だから正直に話しました。

その結果、大変怒られて、「私とは方向性が違うから」と去っていきました。

これは私自身の経験です。

しばらくの間、何が起きたのか理解できませんでした。

でも今はわかります。

あの人は「正直な話」を求めていたのではありませんでした。

求めていたのは、自分が聞きたい言葉だったのです。

これは悪意の話ではありません。

人間の脳に備わった、ある仕組みの話です。


確証バイアスとは何か

認知科学に「確証バイアス」という概念があります。

人は無意識に、自分の信念や期待を確認できる情報だけを集め、それ以外を無視してしまうという心理的傾向のことです。

たとえば、「この人は私を理解してくれているはずだ」と思っている人は、相手の言葉の中から理解の証拠だけを拾います。

逆に「この人は私を否定するかもしれない」と感じている人は、わずかな言葉のニュアンスも否定の証拠として受け取ってしまいます。

つまり、同じ言葉を聞いても、何を受け取るかは人によってまったく違うのです。

「正直に話してほしい」と言った人は、おそらく「自分の期待に沿った正直さ」を求めていました。

それ以外の正直さは、脳が自動的にノイズとして処理してしまった。

これが確証バイアスの怖さです。


相手を見ているようで、自分の期待を見ている

氣幸師として人の変化に関わる中で、私も同じ失敗を何度もしました。

「早く変わってほしい」
「この方法ならうまくいくはずだ」

そう思えば思うほど、見ていたのは相手ではなく、自分の期待でした。

確証バイアスは、他人に対してだけ働くものではありません。

自分自身を見るときにも、同じように働いています。

「まだ足りない」
「もう遅いかもしれない」

そう感じているとき、脳はその証拠になる情報だけを集めます。

うまくいったことは見えなくなり、うまくいかなかったことだけが積み重なっていく。

これもまた、確証バイアスが作り出す世界です。


ありのままに見るとはどういうことか

確証バイアスは、意識するだけで少し緩みます。

「今、私は相手に何を期待しているか」

「その期待が、相手を見えにくくしていないか」

この問いを持つだけで、脳の自動処理に少しブレーキがかかります。

氣幸では、「ECHO」という独自の技術を使って、この「見え方を整える」ことに直接働きかけています。

ただしその技術は、相手を変えるためのものではありません。

目の前の方に、ありのままで幸せになってもらうためのものです。

変えようとする力ではなく、そのままを見続ける力。

それが、人と関わるときの本質だと、私は思っています。


おわりに

認知科学の視点から見ると、私たちの「現実」は思っている以上に、自分の脳が作り出したものです。

だとすれば、見え方を変えることは、現実を変えることに近い。

氣幸は、その「見え方」に直接働きかける技術です。

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