私は「信じる人」でした。それでも変われませんでした。

「この方法なら変われます」

そう言われたとき、あなたはどうしますか。

私は、迷わず信じるほうでした。

けれど、信じ続けても、なかなか変わることができませんでした。

今日は、その理由について気づいたことを書いてみたいと思います。


私は、人の言葉を信じる人でした

私は、人の言葉を信じるほうでした。

「この方法なら変われます」

そう言われれば、本を読み、セミナーに参加し、
教えていただいたことを素直に実践してきました。

「今度こそ変われる」

そんな期待を抱いて、一生懸命取り組んでいました。

ありがたいことに、

「頑張っていますね」
「すごいですね」

そんな言葉をかけていただくこともありました。

でも、どれだけ褒められても、 私は変わることができませんでした。

結果が出ないたびに、

努力が足りないのかな…

そうやって、自分を責め続けていました。


信じることと、納得することは違いました

ある日、ふと思いました。

私は、人の言葉を信じているだけで、
本当に納得しているのだろうか。

信じることと、納得すること。
似ているようで、まったく違うのではないか。

そう思った私は、情報をそのまま受け入れないようにしました。

「なぜ、そう言えるのですか」
「本当に私にも当てはまるのでしょうか」

そうやって問いを重ねながら、自分自身でも考えるようになりました。


質問するようになって、私は孤立しました

そうやって、一つひとつ自分の中で確かめるようになってから、
周りの反応は少しずつ変わっていきました。

相手からすれば、私は面倒な存在だったと思います。
実際、人は少しずつ離れていきました。

孤立したこともありますが、
それでも私は、考えることをやめませんでした。

誰かの答えではなく、
自分が納得できる答えを見つけたかったからです。


人生を変えるのは、「誰かの正解」ではない

今振り返ると、あの時間は苦しいものでした。

情報はあふれているのに、何を信じればいいのかわからない。

それでも、苦しみながら自分自身と向き合い続けたからこそ、
誰かに教えられた答えではなく、
自分で選んだ答えにたどり着くことができました。

実はその原点には、こんな出来事がありました。

氣幸を始めた頃、
母の認知症を何とかできないかと焦っていました。

そんなとき、氣幸の先輩からかけられた一言があります。

「NORIKOさん、生きていたら何とかなる」

その一言を聞いた瞬間、
「よし」と体の内側から気合が入りました。

それからも足元がぐらつく日はありましたが、
あの一言があったから、いつも同じ場所に戻ってこれます。

これは、認知科学でいう「内部表現の書き換え」に近いものだったと、
後になって気づきました。

頭でわかることと、
内部表現が書き換わることは別物です。

ちなみにこの書き換えは、氣幸がなくても起こせます。

氣幸は、あくまでその書き換えを加速させるもの。
土台はいつも「自分自身の納得」だと思っています。


こうして振り返ると、
私を変えたのは「信じる力」ではなく、
「納得するまで問い続けた時間」だったのかもしれません。


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