感情の原因を探しても解決しない?|過去ではなく未来を見るという選択

嫌なことがあったとき、

「どうして私は、こんなに腹が立つんだろう」

「なぜ、こんなに悲しいんだろう」

そう考えて、その原因を探したことはありませんか?

私自身、
以前はよく「原因」を探していました。

原因がわかれば、きっと問題は解決する。

そうに思っていたからです。


原因を探し始めると、どこまでも続く

私は以前、
過去生治療をしていたことがあります。

そのころは、
目の前に起きていることの原因を探していくと、

「これが原因だったのか」
と思うようなものが、次々に出てきました。

ところが、一つ見つかると、

「では、その原因はどこから来たのだろう?」
と、さらに奥を探したくなる。

すると、また別の原因が出てくる。

お金がいくらあっても足りません(笑)

もちろん、

過去を振り返ることに
意味がないと言いたいわけではありません。

原因がわかることで、
自分の反応を理解できることもあります。

ただ、ここで一つ疑問が出てきました。

原因がわかることと
問題が解決することは、

本当に同じなのだろうか?


「過去を理解する」と「未来を変える」は別のこと

私たちは、今の感情や出来事を理解するために、

「なぜ、こうなったのか」という説明をつくります。

それは、
自分を理解するうえで役に立つことがあります。

でも、原因を理解したからといって、
必ず未来が変わるとは限りません。

ここは、
少し分けて考えてもいいのかもしれません。

「過去を理解すること」と
「これからどうしたいかを決めること」

この二つは、別のアプローチです。

だから私は、

「原因がわからないと前に進めない」とは
考えなくなりました。


未来を先につくってみる

では、原因探しをやめたらどうするのか。

私は、未来にゴールを置いてみます。

「こうなりたい」

「こんな自分でいたい」

先に未来を決めると、

すると、

そこへ向かう途中で起きる感情も、
少し違って見えてきます。

嬉しい。

悔しい。

腹が立つ。

不安になる。

落ち込む。

どんな感情が出てきても、

「これもゴールへ向かう途中にあるもの」
と考えられるようになります。

感情をなくそうとするのではなく、

感情そのものを
ひとつの体験として楽しんでみる。

私は、これが

「感情と上手に向き合う」ということの
一つなのではないかと思っています。


川上に落としたボールは、川下へ流れていく

川上に落としたボールは、
流れに乗って、川下へ流れていきます。

未来に設定したゴールも、
それと似ているのではないでしょうか。

先にゴールを置く。

すると、その未来が少しずつ現在に近づいてくる。

だから私は、

「今の私はどうしてこんな感情になっているんだろう」
と過去を掘ることもアリですが、

「この先、私はどうなりたいんだろう」
と未来を見ることがあります。

過去を掘ることも選べる。

未来をつくることも選べる。

どちらが正しいという話ではありません。

ただ、

「過去を説明すること」と「未来を創ること」は、
そもそも別のことなのではないか。

そう考えるようになってから、
感情との付き合い方が、ずいぶん自由になりました。

そして、未来にゴールを置いたなら、

その途中で起きる感情さえも、

「さて、次は何が起きるかな」
くらいに楽しんでみてもいいのかもしれません。


その原因、本当に探し続ける必要がありますか?

原因を見つければ、問題は解決する。

私は、ずっとそう思っていました。

でも、原因を一つ見つけると、
その奥にまた原因があって、

いつまで探せばいいのでしょう?

「過去を探す」のではなく、
「未来をつくる」という選択肢もあります。

私がなぜ、そう考えるようになったのか。

そして、

そこから見えてきた「感情との付き合い方」について
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