どれだけ正しい情報でも、届かないことがある
真面目に学んで、丁寧に言葉を選んで。
それでも、なんとなく空振りしている感覚。
実は、これには理由があります。
認知科学の視点から言うと、 人の脳は「今の自分に関係があるもの」しか 優先的に拾わない仕組みになっています。
どれだけ正確な情報でも、
予想できる話、安全な言葉、いつもの範囲。
そういうものには、脳がほとんど反応しない仕組みになっています。
では、何に反応するのでしょうか?
脳が反応するのは「自分の外側」
認知科学に「コンフォートゾーン」という言葉があります。
日本語にすると「居心地のいい場所」。
人の脳は、このコンフォートゾーンの中にいようとする性質があります。
だから、いつもの範囲の言葉には反応しないのです。
逆に言うと、 コンフォートゾーンの外側にある言葉、 つまり「今まで見ないようにしてきたもの」に触れたとき、 脳は思わず立ち止まります。
それが、ストーリーの力です。
私自身の話をさせてください
私は弱虫です。
小さい頃からずっとそうでした。
でも、弱虫な自分がダサいと思って、 虚勢を張っていました。
優等生を演じる時間が、長かった。
演じていると、いつしかそれが本物になる。
でも、ほころびが来るんです。
小さなほころびを、ずっと一人で治し続けて。
気がついたら、母が認知症になっていました。
今は施設にいる母にもう一度「おかえりなさい」と言ってほしくて、 伝統気功もスピリチュアルも、10年近く続けました。
でも、どこかでずっと感じていたんです。
何かが、足りない。
私が本当に欲しかったのは、 再現性のある理論だったんだと、 後になって気づきました。
ストーリーが届く理由は、「同じ痛み」があるから
認知科学では、 人は自分のコンフォートゾーンの外側を感じたとき、 無意識が新しい方向を向き始めると言われています。
「完成された答え」より、 「まだ揺れている人間の話」の方が、 脳に残るのはそのためです。
一度諦めたこと。
笑っていたけど、内側では折れそうだったこと。
「もう無理かも」と思った夜のこと。
そういう、表には出さなかった感情の欠片に、 人の心はふと、引き寄せられる。
「私だけじゃなかった」という、静かな安堵として。
人生も同じです。
「今までと同じ現実」の中だけで考えていると、 脳は同じ未来を繰り返し再生します。
だからこそ、 コンフォートゾーンの外側に、そっと触れてみること。
それが、変化の入口になります。
外の現実より、内側が先に動く
認知科学と出会って、 最初に変わったのは目に見える現実ではありませんでした。
長女としての責任感が、少し軽くなった。
母の可能性を、信じられる自分になった。
大きな結果じゃなくて、小さな積み重ねでいいと思えた。
外の現実より、先に内側が動いた。
母の状況は、まだ変わっていません。
それでも、見える景色が変わると、 次の一歩が少し違ってくる。
そんな経験をしています。
気持ちが変わった、では足りない
私が氣幸メソッドを精査する基準は、 一つだけです。
現実に変化が起きるかどうか。
気持ちが楽になった、だけでは足りない。
感覚が変わった、だけでは足りない。
実際に、現実が動いたかどうか。
それだけを、基準にしています。
だから、再現性にこだわります。 誰かに伝えられない変化は、 技術とは呼べないと思っているからです。
最後に
大きく変わらなくていい。
すぐに結果を出さなくていい。
まず、内側が少し動く。 それだけで十分です。
もし今、疲れているなら。 一生懸命やってきたのに、変わらなかったなら。
それはあなたが弱いのではありません。
ただ、脳がまだ コンフォートゾーンの外側を知らないだけかもしれません。
弱虫な私が言うから、 少しだけ信じてもらえたら嬉しいです。
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