私たちは、この言葉を聞いて育ちました
「女は、家庭を優先すべきだ」
「歳を取ったら、諦めが肝心だ」
「自分より、人を立てるべきだ」
私たちの世代は、大なり小なり、
小さい頃からこうした言葉を聞いて育ってきました。
一度も検証することなく、そのまま「当たり前」として、
自分の中に定着してしまった言葉です。
苫米地理論の「情報空間」という視点で説明します。
他人の考えを、自分で選んだわけではないまま、
自分の情報空間に取り込んでしまう。
それが、今回お話しする「洗脳」の正体です。
疑うことすら、考えたことはなかった
厄介なのは、この3つの言葉が、
疑うこと自体を許さない空気の中で語られてきたことです。
「女は家庭を優先すべき」を疑えば、「わがまま」と言われました。
「歳を取ったら諦めが肝心」を疑えば、「往生際が悪い」と言われました。
「自分より人を立てるべき」を疑えば、「自分勝手」と言われました。
だから、疑う前に、飲み込んできました。
検証する機会すら、与えられなかったのです。
その結果、今、私たちはどうでしょうか
家庭を優先し、諦めることを覚え、自分より人を立てて、
生きてきました。
それなのに、
なぜか、報われた実感がない。
なぜか、疲れ切っている。
もし、今、そう感じているとしたら、
私たちが弱いからでも、頑張りが足りなかったからでもありません。
気づかないまま取り込んだ「当たり前」が
私たちを縛り続けているだけなのです。
当たり前は、抽象度を上げると変わる
ここで役に立つのが、「抽象度」を一段上げて、
当たり前を眺め直すという視点です。
抽象度とは物事の見え方の階層のことです。
「女は家庭を優先すべき」という言葉も、
それが生まれた時代や
誰にとって都合のよい考えだったかという
一段上の視点から見直すと、
絶対的な真実ではなく、
「ある時代の中で機能してきた、一つの考え方」に過ぎないことが見えてきます。
抽象度を上げることは、
その考えを否定することではありません。
検証した上で、
あらためて自分で選び直すための最初の一歩です。
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ここまで、私たちの世代が聞いて育った3つの「当たり前」を例に
その構造をお話ししてきました。
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