私は、相手がつくった「私」を生きていました

それが、自分を守る唯一の方法だと思っていました。

目立たないようにする。
逆らわない。
機嫌を損ねないように振る舞う。

そうすれば、きっと傷つかずにすむ。

本気でそう信じていました。

でも、現実は違いました。

頑張れば頑張るほど、
人間関係は苦しくなっていったのです。

その理由は、「相手」の中にあるのではなく、
認知科学でいう「情報空間」という仕組みの中にありました。

相手が見ていたのは、本当の私ではなかった

学生時代、私は二つの理由でいじめの対象になりました。

一つは、成績が良かったこと。
もう一つは、容姿でした。

私の名字は「臼井」ですが、
「ぶすい」と呼ばれていました。

体調を崩して学校を休んだ日、後になってクラスメートから、
先生までもが冗談交じりに容姿を笑っていたと聞きました。

当時の私は、反論することもできませんでした。

私が悪いんだ。
私には価値がないんだ。

そう思い込んでいました。

でも今振り返ると、あの頃の私が見ていたのは、
本当の自分ではありませんでした。

私は「自分を守るため」に逆らわないという選択をしていました。

でもそれが相手にとって
「何を言っても大丈夫な人」という意味になっていたのだとしたら、
私の本心は、最初から相手に届く場所にすら存在していなかったのです。

相手がつくり上げた「私」を
本当の私だと思い込んで生きていました。

なぜ「わかってほしい」は届かないのか

認知科学では、脳は外の世界をそのまま映しているのではなく、
入ってきた情報から独自の世界像をつくり出していると考えます。

つまり私たちは一人ひとり、
別々の「情報空間」を生きているのです。

そして、この情報空間は、本人にしか存在しません。

私がどれだけ「やめてほしい」と願っても、
その願いは相手の情報空間には届かず、

相手には相手が意味づけした「私」しか
存在していなかったのです。

もしかすると、あなたも同じように、
相手がつくった「自分」を
本当の自分だと信じ込んで生きてきたことはないでしょうか。

一生懸命であればあるほど、
それに気づく機会は少なくなります。

最近では、「境界線を引く」という言葉で、この感覚を伝えている方もいます。

とても大切な視点だと思います。

私は認知科学を軸にしているので、
少しだけ違う角度から同じことを見ています。

そもそも相手と自分は、もともと別々の情報空間を生きている。

そう捉えると、答えはすでに出ている。
そんな感覚があります。

今日から変えられる視点

私はずっと、「相手も自分と同じ世界を見ている」と思い込んでいました。

だから、わかってもらえないと苦しくなり、
相手を変えようとしていました。

でも、相手には相手の情報空間があり、
私には私の情報空間がある。

私は、氣幸師として、
現代気功と認知科学をかけ合わせた、再現性のあるアプローチで、
人の情報空間に関わる仕事をしています。

ほとんどが遠隔でも成り立つのは、
この「情報空間」という仕組みがあるからです。

次回からは、この視点をさらに掘り下げながら、
全5回のシリーズでお伝えしていきます。


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