「あの頃は、本当に辛かった」
何年経っても、
そう感じる記憶があります。
一方で、
以前は思い出すだけで苦しかった出来事が、
今振り返ると少し違って見えることもあります。
起きた出来事は同じです。
それなのに、
なぜ記憶の見え方は変わるのでしょうか。
この問いを考えるうえで興味深いのが、
「記憶の再合成(再固定化)」という考え方です。
記憶は、取り出すだけではない
私たちは、記憶を
「保存しておき、必要なときに取り出すもの」と考えがちです。
けれど、記憶を思い出すとき、
脳の中では単純な再生だけが行われているわけではありません。
いったん形成され、安定していた記憶が、
思い出すことによって再び活性化される。
そして条件によっては、
その記憶が一時的に変化しやすい状態になります。
その後、記憶は再び安定化されます。
この流れが、記憶の再固定化です。
つまり、
記憶する
↓
思い出す
↓
再び活性化される
↓
条件によっては不安定になる
↓
再び固定される
という過程が考えられています。
ここで重要なのは、
思い出すことが、
必ずしも「過去をそのまま再生すること」ではないという点です。
思い出しても、記憶が変わらないことがある
ただし、
「では、思い出すたびに記憶は変わるのか」というと
そう単純ではありません。
すべての記憶が、
思い出すたびに同じように不安定になり、
更新されるわけではないと考えられています。
記憶の強さや古さ、思い出したときの状況など、
さまざまな条件が関係します。
だから、
「昔はあんなに辛かったのに、今は違って見える」
ということもあれば、
「何年経っても、あの出来事だけは同じように辛い」
ということもある。
記憶は、時間が経てば自然に薄れたり、
都合よく変わったりするものではないのです。
「楽しい記憶しか思い出されない」
以前、叔父の葬儀のとき、叔母が言いました。
「楽しい記憶しか思い出されない…」
その言葉が、今でも心に残っています。
長い人生です。
楽しいことだけではなく、
苦しいことも、腹が立つこともあったはずです。
それでも、そのとき叔母の中に浮かんできたのは、
楽しい記憶だけでした。
もちろん、この言葉だけで
記憶の再合成を説明することはできません。
ただ私は、
人は人生に起きた出来事を、
すべて同じ重さで記憶しているわけではないのかもしれない。
そう考えるきっかけになりました。
記憶と「自分についての結論」
ここで、もう一つ興味深いことがあります。
たとえば、
「人前で失敗した」
これは出来事です。
しかし、その出来事から、
「私は人前に出ると失敗する」
「私は能力がない」
と考えることは、
出来事そのものではありません。
出来事に対して、
自分が導き出した結論です。
けれど、その結論を何度も繰り返していると、
「失敗した」という記憶と、
「私は失敗する人間だ」という考えが、
いつの間にか強く結びついていくことがあります。
そして新しいことを前にしたとき、
「どうせ私には無理」
「また失敗する」
という考えが浮かんできます。
それが、
思考の癖につながっていくこともあるのかもしれません。
記憶の再合成が、すべてを変えるわけではない
ここは、誤解したくないところです。
記憶の再合成があるからといって、
思考癖が自然に変わるわけではありません。
過去を思い出せば、
辛い記憶が書き換えられるわけでもありません。
けれど、
過去に起きた出来事と、
そこから自分が導き出した結論は同じではない。
この二つを分けて考えてみることはできます。
「あのとき、私は失敗した」
それは事実かもしれません。
でも、
「だから私は失敗する人間だ」
という結論まで、事実とは限りません。
私たちは過去の出来事だけではなく、
過去から何を学び、
自分について何を信じ続けてきたのかによって、
今の選択を狭めていることがあります。
記憶の再合成を知ることは、
過去を書き換えるためではありません。
私は、過去から何を記憶し、
何を自分についての結論にしてきたのだろう。
そう問い直すための
一つの視点になるのかもしれません。
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