誰かが苦しんでいるとき、話を聞いてあげたい。
少しでも気持ちが楽になるなら、力になりたい。
そう思うのは、自然なことです。
けれど、
相手を支え続けているうちに、
自分がいなければ相手は立ち直れないのではないか。
そんな関係になってしまうことがあります。
人を支えることと、
相手が自分で問題に向き合えるように支えることは、同じではありません。
話を聞くことで、問題が解決するとは限らない
人は悩みを誰かに話すことで、
気持ちが整理されたり、心が軽くなったりします。
つらいときに話を聞いてくれる人がいる。
それだけで救われることもあるでしょう。
ただ、
気持ちが楽になることと、
抱えている問題が解決することは別です。
話を聞いてもらい、元気を取り戻しても、
行動が変わらなければ、
同じ問題に直面することがあります。
そのたびに誰かに話を聞いてもらい、
気持ちを落ち着かせ、また同じ日常に戻る。
こうした繰り返しが続くと、
問題に向き合うよりも、
つらさを和らげてくれる相手に頼る関係ができてしまうことがあります。
もちろん、
誰かに頼ること自体が悪いわけではありません。
大切なのは、
その人自身の考えや行動を支えるものになっているかどうかです。
「かわいそう」という思いが、相手の可能性を見えなくする
相手が苦しんでいると、
何とかしてあげたいと思うものです。
特に、病気や困難を抱えている人に対しては、
少しでも負担を減らしてあげたいと考えるかもしれません。
けれど、
相手を「弱い人」「かわいそうな人」と見ることで、
その人が自分で考え、選び、行動する力を
見落としてしまうことがあります。
助けたいという気持ちが強いほど、
相手が困る前に手を差し伸べたり、
代わりに考えたり、
解決策を提示したりする。
それは親切な行動に見えます。
しかし、
相手が自分で考える機会まで引き受けてしまえば、
本人が自分の力を確かめる機会は少なくなります。
相手を大切にすることと、相手の力を信じること。
このふたつを、
切り離して考えてみる必要があるのではないでしょうか。
本当に相手のためになる関わり方とは
では、誰かが悩んでいるとき、
どう関わればいいのでしょうか。
まずは、相手の話を聞くこと。
そして、
解決策を提示するのではなく、
相手がどうしたいのかを尋ねてみる。
「あなたは、どうしたいと思っているの?」
「今、自分にできそうなことは何だろう?」
答えをこちらが出すのではなく、
相手が自分で考えるための問いを投げかける。
相手の代わりに人生を引き受けるのではなく、
本人が自分の選択を見つけられるように関わる。
それが基本です。
人を支えているつもりが、
いつの間にか、依存を支えていた。
そんな経験から、
私は人との関わり方を考えるようになりました。
自分では気づけない思い込み。
当たり前だと思っている考え方。
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日々の経験から見えてきたことや、
人との関わり方、自分自身を見つめ直す視点を
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