私はPCが嫌いです。
AIも、できることなら使いたくない(笑)
それでも、先輩から
「甘えを断ち切るように」とアドバイスをもらい、
それなりに頑張ってみました。
ホームページを作ろうとしてサポート詐欺に遭ったり、
SNSのアカウントが突然、凍結されたり。
そもそも「垢バン」という言葉すら知らなかった私には、
何が起きたのかさっぱり分かりませんでした。
そんな経験もあって、
私は自分を「PCが苦手な人間」だと思っていました。
ところが、最近ふと考えたのです。
本当に、
私はPCの操作が嫌いなのだろうか?
私の場合、操作そのものが嫌いというより、
時間を有効に使いたいという思いが強いのかもしれません。
操作を覚えたり、
分からないことを一から調べたりすることに時間を費やすより、
本来やりたいことに時間を使いたい。
そう考えると、「PCが嫌い」という認識の奥には、
別の価値観が隠れているようにも思えます。
そもそも、
「嫌い」と「苦手」は、それぞれ違うものです。
ところが、
私たちはこうした異なる感情や認識を、
ひとまとめにして「自分はこういう人間だ」と決めつけてしまうことがあります。
心理学では、
自分自身について持っている認識を「自己概念」と呼びます。
例えば、「私はPCが苦手」という認識があると、
新しいソフトを使う場面でも、
最初から難しそうだと感じるかもしれません。
失敗すれば
「やっぱり自分には無理」と受け取り、
うまくできても
「たまたま」と片づけてしまう。
こうして、
自分の認識に合う経験が積み重なり、
自己イメージはますます強固になっていきます。
自己イメージが行動に影響し、
その行動の結果が自己イメージを強化する。
この循環によって、
私たちは自分で自分の行動を制限してしまうことがあるのです。
そして、自分が「苦手」「嫌い」と思っていることの奥には、
別の理由や価値観が隠れている可能性もあります。
自分を知ることと、
自分を決めつけることは違います。
もしかしたら、「私はこういう人間だから」は、
過去の経験からつくられた自分像を
今も疑わずに信じているだけなのかもしれません。
あなたの「当たり前」が、
あなたの可能性を奪っているとしたら?
「私はこういう人間だから」
「自分には無理だから」
「これが普通だから」
私たちは、日々さまざまな判断をしています。
そして、その判断は正しいものだと信じています。
でも、その判断の基準そのものが、
過去の経験や周囲の価値観によってつくられたものだとしたら、
知らないうちに、
自分の選択肢を狭めているかもしれません。
なぜ、自分の思い込みに気づけないのか。
なぜ、同じ考え方や行動を繰り返してしまうのか。
そして、どうすれば今までとは違う視点を持てるのか。
メルマガでは、
こうした日常に潜む思考や認識のカラクリを、
身近な事例を交えながら掘り下げています。
自分を変えようとする前に
まずは自分を縛っている仕組みを知る。
今まで疑いもしなかった「当たり前」を
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