寄り添うふりをして他人に依存していない?人間関係に潜むコントロール欲求

人との関係を築くとき、
相手に優しく接し、話を聞き、共感を示す。

相手の気持ちを理解しようとし、
困っていれば手を差し伸べる。

一見すると、
相手に寄り添っているように見える。

しかし、その優しさの先にあるものは、
本当に相手への理解なのだろうか。

実は、自分を理解してもらうことを期待しているだけ、
ということはないだろうか。


優しく近づくのは、何のため?

相手の話を聞く。
気持ちに共感する。
理解者のように振る舞う。

ところが、その関係の中で本当に求めているのは、
自分の話を聞いてもらうことだったりする。

自分の気持ちをわかってほしい。
自分の考えを受け入れてほしい。
自分のことを否定せずに認めてほしい。

そして、期待した反応が返ってこなければ、
不満を感じる。

相手が異なる意見を言えば、
理解してくれないと感じる。

共感してもらえなければ、
寄り添ってくれないと思う。

結局、相手を理解しようとしているのではなく、
自分を理解してくれる人を求めているだけなのかもしれない。


それは一方通行の関係になっていないか

人は誰でも、自分のことを理解してほしいと思うものだ。

しかし、自分が理解されることばかり求めていては、
関係は一方通行になる。

相手にも考えがあり、
価値観があり、事情がある。

自分とは違う意見を持っていてもいい。
自分の期待通りの反応をしてくれなくてもいい。

それなのに、

自分の気持ちを受け止めてもらうことばかりを求め、
相手の事情や気持ちには関心を向けない。

相手から時間や共感、理解を受け取ることは当然になり、
自分から相手を理解しようとする姿勢がない。

こうした関わり方は、
テイカー的と言えるのではないだろうか。

本人に悪気はなくても、
相手に負担をかけている可能性はある。


本当の寄り添いとは何か

相手に寄り添うということは、
自分の期待通りに受け止めてもらうことではない。

自分とは違う考え方を知ろうとすること。
相手の立場や事情にも目を向けること。
自分が理解されない場面でも、相手を理解しようとすること。

そこにこそ、
本当の意味での相互理解があるのではないだろうか。

あなたは相手を理解したいのか。

それとも、
自分を理解してくれる相手が欲しいだけなのか。


あなたは、自分が誰かに依存しているかもしれないって
考えたことはありますか。

相手に寄り添っているつもりでも、
実は自分が理解されることを求めている。

相手を心配しているつもりでも、
自分の期待通りに動いてほしいと思っている。

相手のためを思っているようで、
実は自分の望む反応を引き出そうとしている。

こうした関わり方は、

いつの間にか相手をコントロールしようとする行為に
変わっていることがあります。

厄介なのは、
それを「優しさ」や「思いやり」だと思い込んでいること。

自分の依存や支配的な欲求には、
自分ではなかなか気づけないものです。

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