「変わりたい」は、本当に変化を意味するのか
「自分を変えたい」
そう思って、本を読む。
SNSで情報を探す。
新しい方法を調べる。
それでも、
なかなか現実は変わらない。
すると、
「まだ方法が足りない」
「もっと勉強しなければ」
「自分には覚悟が足りない」
と考える。
でも、
一度だけ逆から見てみます。
「変わりたい」と思い続けることが、
今の自分を守っているとしたら?
「もっと自信がついたら」
「準備ができたら」
「自分に合う方法が見つかったら」
そうやって、始める条件を増やしていく。
変わりたい気持ちはある。
けれど、現実の選択は変わらない。
この状態が長く続いているなら、
「変われない」のではなく、
変わらない仕組みができているのかもしれません。
「自分を変える」という発想にも、落とし穴がある
「自分を変えよう」とすると、
今の自分を基準にします。
自信が足りない。
行動力が足りない。
知識が足りない。
だから、それを補って
「理想の自分」になろうとする。
でも、ここには一つ矛盾があります。
今の自分を基準にしている限り、
どこまで行っても今の自分の延長線上です。
「私は自信がない」
そう思う人が、「自信のある自分」を目指す。
「私は慎重な性格だ」
そう思う人が、「もっと行動できる自分」を目指す。
どちらも、
「私はこういう人」という認識から始まっています。
では、その「私はこういう人」は
どこから来たのでしょう。
「自分」は、いつから「自分」になったのか
過去の失敗。
周囲からの評価。
繰り返してきた選択。
諦めたこと。
避けてきたこと。
そうしたものが積み重なって、
「私は慎重な人」
「私は自信がない人」
「私は新しいことが苦手な人」
という自己認識ができていることがあります。
つまり、
「自分だから、そうしている」のではなく、
そうしてきたから
「自分はこういう人」になっている部分がある。
ここは、
少し見方を変える必要があります。
性格だと思っていたもの。
能力だと思っていたもの。
「自分には無理」だと思っていたもの。
その中に、過去から持ち越しているものが
混ざっているかもしれません。
認知科学から見ると、さらに面白い
私たちは、目の前の現実を
そのまま受け取っているわけではありません。
過去の経験や
重要だと思っていることによって、
注意を向けるものや意味づけが変わります。
「失敗したらどうしよう」と思っていれば、
失敗につながりそうなものが目につく。
「自分には無理」と思っていれば、
できない理由が見つかる。
反対に、
「別の方法があるかもしれない」と見れば、
これまで選択肢に入らなかったものが
見えてくることがあります。
現実が変わったのではありません。
現実から拾うものが変わったのです。
だから、「自分を変える」ことだけを考える必要はありません。
先に見るものがあります。
自分が、どんな前提で現実を見ているのか。
変えるべきなのは、「自分」ではないのかもしれない
「年齢だから」
「性格だから」
「昔からこうだから」
「一度失敗したから」
それは事実でしょうか。
たとえば、
「一度失敗した」
これは事実です。
でも、
「だから私は失敗する人間だ」
これは事実ではありません。
事実に、
自分なりの意味を加えていませんか?
その意味を長く持ち続けると、
いつしか「自分はこういう人」という認識になります。
だから、変えるべきなのは「自分」ではなく、
「自分とはこういう人間だ」と決めている認識なのかもしれません。
氣幸で見ていくのは、そこです。
「これは、本当に私が選んだものなのか?」
この問いが、
自分だと思っていたものを
少し違う角度から見せてくれます。
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