「亡くなった○○のことを思い出すと、
いい思い出しか出てこないのよ」
そんな言葉を聞いたことはありませんか?
生前には、
「もう、本当に腹が立つ!」と思ったこともあったはず。
それなのに、いなくなってから思い出すのは、
一緒に笑ったこと。
優しくしてくれたこと。
何気ない日常のこと。
なぜなのでしょう?
嫌な出来事が、本当に消えてしまったのでしょうか。
記憶は「録画」ではない
私たちは、過去の出来事をビデオのように、
そのまま保存しているわけではありません。
思い出すときには、当時の感情だけでなく、
今の自分の状態や、その後の経験などの影響を受けながら、
記憶が再構成されると考えられています。
つまり、
思い出すことは、過去をそのまま再生するのではなく、
今の自分から、
もう一度その過去を見ることでもあるのです。
「あのときは、嫌だった」のに
たとえば、生前は、
「○○にあんなことを言われて、すごく嫌だった」と
思っていた出来事も、
年月が経ってから思い出すと、
「○○も、あのときは必死だったのかもしれない」と
感じることがあります。
起きた出来事は変わっていません。
でも、その出来事を思い出したときの受け止め方は、
変わることがあります。
だから、
「いい思い出しか思い出せない」という言葉も、
嫌な出来事がすべて消えたというより、
その人との記憶を、今の自分が違う角度から見ていると
考えることができるのではないでしょうか。
実は、特別なことではない
そして面白いのは、こうした「記憶の再構成」は、
亡くなった人を思い出すときだけに起こるものではないということです。
昔の写真を見たとき。
久しぶりに同級生と話したとき。
昔住んでいた場所を訪れたとき。
「私、あの頃こんなこと考えてたんだ」
「そういえば、あの出来事って、こんな感じだったな」
と、記憶の印象が変わることがあります。
同じ出来事なのに、
今の自分が違うから、違って見えるって、
なんだか不思議ですよね。
思い出すたびに、過去を見直している
記憶は、
「過去を保存する箱」ではなく、
思い出すたびに、
そのときの自分から過去を見直すもの。
そう考えると、
「昔のことなのに、今思うと違って見える」という経験も、
少し身近に感じられます。
あなたにもありませんか?
昔は嫌だった出来事なのに、
今思い出すと、なぜか少し笑ってしまうこと。
あるいは、
「あの出来事があったから、今の私がいるのかもしれない」
と、ふと思うこと。
過去は変わっていません。
けれど、
その過去を思い出す「今の自分」は変わっている。
だから、
同じ記憶でも、違って感じるのかもしれません。
心の仕組みを、もっと知ってみませんか?
今回お話しした「記憶の再構成」は、
私たちの心にある仕組みの一つです。
私たちの心では、
「分かっているのに動けない」
「変わりたいのに変われない」といったことにも、
本人が気づきにくい仕組みが働いていることがあります。
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