同じ人なのに、
ある人からは「優しい人」と言われ、
別の人からは「冷たい人」と言われる。
なぜ、こんな違いが生まれるのでしょうか。
人の評価には、
相手の行動だけでなく、
自分の期待や思い込みも影響しています。
1.相手への印象が、その後の判断を左右する
たとえば、いつも親切な人が、
ある日、頼み事を断ったとします。
「何か事情があるのだろう」と考える人もいれば、
「冷たい人だったんだ」と受け取る人もいるでしょう。
同じ行動でも、
相手に対してどんな印象を持っているかによって、
受け止め方は変わります。
心理学には、
自分の考えを裏付ける情報を重視しやすい
「確証バイアス」という概念があります。
一度「いい人」だと思えば、
多少の欠点は気にならない。
反対に、「苦手な人」という印象があれば、
その人の言動を否定的に捉えやすくなる。
相手を公平に見ているつもりでも、
最初に抱いた印象が、
その後の判断に影響していることがあるのです。
2.親切が、いつの間にか義務になる
困ったときに助けてくれる人がいる。
何度も助けてもらえば、
その人を頼りにするようになるのは自然なことです。
ところが、いつしか
「この人なら引き受けてくれる」
「困ったときには助けてくれるはず」と、
応じてもらうことを前提にするようになる場合があります。
そして、断られた途端に不満が生まれる。
「いつもはやってくれるのに」
「今回はどうして助けてくれないの?」
相手が約束を破ったわけではなくても、
期待どおりにならなかったことで、
相手への評価まで変わってしまうことがあります。
好意として受け取っていたものが、
いつの間にか相手の義務に変わっていないか。
人間関係では、
その境界が曖昧になることがあります。
3.自分の事情は考慮するのに、相手の事情は考えない
自分が頼み事を断るときには、理由があります。
仕事が忙しい。
体調が悪い。
ほかに優先したいことがある。
だから、
断ることが必ずしも悪いことだとは思いません。
ところが、
自分が頼んだ側になると、
同じようには考えられないことがあります。
「少しくらい協力してくれてもいいのに」
「私が困っているのに、冷たい人だ」
自分の事情はわかっていても、
相手の事情は見えません。
心理学では、
他人の行動を説明するとき、
状況よりも
性格などの個人的な要因を重視しやすい傾向を
「基本的帰属の誤り」と呼びます。
自分が断るのは事情があるから。
相手が断るのは思いやりがないから。
こうして、
自分と相手で判断の基準を変えてしまうことがあります。
4.集団になると、ひとりの人を悪者にできてしまう
個人間で起きる評価の偏りは、
集団の中で、
さらに大きな問題につながることがあります。
グループの中で、
周囲の意見に同調しない人がいる。
自分の意見をはっきり伝える人や、
無理な要求を断る人が、
「協調性がない」
「空気が読めない」
と評価されることがあります。
やがて「あの人には問題がある」という
見方が広がると、
その人の言動は
何をしても否定的に受け取られやすくなります。
そこで使われることがあるのが、
「みんなもそう思っている」という言葉です。
でも、
その「みんな」とは、いったい誰なのでしょうか。
実際に誰がどう考えているのかを確かめないまま、
集団全体の意見であるかのように語られることがあります。
こうして個人の判断が
「みんなの意見」に置き換わると、
自分が誰かを否定している責任も
見えにくくなります。
その人を悪者にすることで、
周囲は自分たちの言動を正当化できてしまうのです。
こうした決めつけが重なり、
悪口や仲間外れが容認されれば、
いじめにつながる危険もあります。
誰かを「問題のある人」と決めつけるとき、
その判断は
本当に本人の言動だけに基づいているのでしょうか。
人を評価するとき、
私たちは相手を見ているようで、
自分にとって都合のいい見方をしているのかもしれません。
人を評価しているつもりが、
実は自分の思い込みで相手を決めつけているとしたら?
そのことに気づかない限り、
相手を変えても、同じことを繰り返すかもしれません。
あなたが変えるべきなのは、
相手ではなく、
人を見ている自分の視点かもしれません。
自分の思い込みに気づき、
今までの自分を超えていきたい方へ。
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