「もっと若ければ、何でもできたはず…」
そう思ったことはありませんか?
もっと早く始めていれば、
あのとき、別の選択をしていれば、
もっと勇気があれば、
「今とは違う人生になっていたはず」
そんなふうに
過去を振り返ることがあります。
でも、ちょっと待ってください。
その「もっと違う人生」は、
本当に存在していたのでしょうか?
実際には、存在していません。
私たちは、起きなかった人生を頭の中につくり、
「本当なら、もっとできたはず」と、
今の自分を採点しているのかもしれません。
「もしも」の人生を基準にしていない?
たとえば、
「もっと若ければ、挑戦できた」
↓
「挑戦していれば、成功できた」
↓
「成功していれば、今より幸せだった」
こんなふうに、
いつの間にか「もしも」が一本の物語になります。
でも、その物語の先にある人生を
私たちは一度も経験していません。
それなのに、
その「存在しなかった人生」と今を比べて、
「私は遅かった」
「何もできなかった」
「もう無理かもしれない」
と判断してしまう所に、認知の面白さがあります。
私たちは「現実」をそのまま見ていない
認知科学では、
人間は目の前の現実を
そのまま受け取っているわけではありません。
脳は入ってきた
情報を処理し、評価し、意味づけしながら、
私たちの「体験」をつくっています。
同じ一人の時間でも、
「誰にも必要とされていない」と思えば、
孤独になる。
「誰にも邪魔されない」と思えば、
自由になる。
出来事は同じでも、
体験する世界は違うのです。
つまり、
「何が起きたか」だけでは、
私たちが感じる現実は決まらないのです。
「幸せ」も、同じなのかもしれない
苫米地英人博士に、こんな言葉があります。
『幸せ』とは幻想に過ぎない。
しかし、『幸せ』と感じた瞬間から、それが現実となる。
「幸せ」が幻想だとしたら、
なぜ「幸せ」と感じることが現実になるのでしょうか。
ここにも、
認知が関わっています。
私たちは、
「もっとお金があれば幸せ」
「もっと認められれば幸せ」
「もっと若ければ幸せ」
と、幸せにも条件をつけます。
でも、これらはすべて、
「今とは違う自分なら、もっと幸せだったはず」
という発想につながります。
つまり、
「もっと若ければ、何でもできたはず」と
「もっと○○なら、幸せなのに」は、
同じ構造なのかもしれません。
今の現実ではなく、
存在しない「別の現実」を基準にして、
今を評価しているにすぎないのです。
では、あなたの「幸せ」は?
ここで、少しだけ考えてみてください。
あなたが、
「私は幸せではない」と判断するとき、
その判断の基準は、どこから来ているのでしょうか。
「もっと若ければ」
「もっとお金があれば」
「もっと認められていれば」
「もっと違う人生だったら」
もしかすると、
あなたの人生に何かが足りないのではなく、
存在しない「もっと良かったはずの人生」と
比べているだけなのかもしれません。
幸せを探す前に、
自分がどんな「脳のものさし」で、
今の人生を採点しているのか。
認知科学を知ることは、
人生を無理に前向きに変えることではありません。
「私は、なぜ今の現実をこう見ているのか?」
その仕組みを知ることです。
今の人生が足りない」のではなく、
「足りない」と判断している自分がいる。
まずは、その違いに
気づくことが大切なのではないでしょうか。
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もし、
「もっと若ければ……」
「もっと違う選択をしていれば……」
そんなふうに、
自分の人生を振り返ることがあるなら、
もしかすると必要なのは、
「もっと頑張ること」ではないのかもしれません。
自分が、
どんな「ものさし」で人生を見ているのか。
それを知ることから、
始めてもいいかもしれません。
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認知科学の視点から、
「なぜ私は、こう考えてしまうのか」
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人生を無理に前向きに変えるのではなく、
まず、自分が見ている世界を知る。
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