「甘えてはいけない」
そう思っているのに、
なぜか同じところで立ち止まってしまう。
「周りがわかってくれない」
「環境が悪い」
「自信がない」
「もう少し状況がよくなったら…」
そんなふうに、
理由を探してしまうことがあります。
もちろん、
本当に環境が原因のこともあります。
でも、
その中に「甘え」が隠れていることがあります。
「甘え」とは何か
ここでいう甘えは、
誰かに助けてもらうことではありません。
自分の人生を、
自分以外の何かに変えてもらおうとすること。
誰かが認めてくれたら動く。
誰かが背中を押してくれたら始める。
誰かが変われば、自分も変われる。
「私は悪くない」と思い続け、
自分が変わることを避ける。
これも甘えのひとつです。
甘えの形は、ひとつではない
甘えは、いつも分かりやすい形で現れるわけではありません。
同情を誘うような言葉や投げかけをして、
自分に注目を向けようとする。
これも、よく見かけるパターンです。
「こんなに大変なの」
「どうせ私なんて…」
「誰もわかってくれない」
そんな言葉の奥に、
「誰かに気づいてほしい」
「認めてほしい」
という思いが隠れていることがあります。
つらいときに誰かに気持ちを話すことは、悪いことではありません。
問題は、同情や注目を得ることで、
自分の問題から目をそらしてしまうこと。
甘えには、
こうした見えにくい形もあります。
甘えの奥にあるもの
なぜ、人は甘えてしまうのでしょう。
その奥には、
怖さや諦めが隠れていることがあります。
失敗するのが怖い。
否定されるのが怖い。
自分で決めて、間違えるのが怖い。
だから、誰かに委ねる。
自分で決めなければ、
失敗しても自分だけの責任にはならないからです。
人が甘えてしまうのには、
その人なりの理由があります。
これまでの経験や、
人との関わりの中で身につけた考え方かもしれません。
だからといって、
「甘えている自分はダメだ」と責めればいいわけではありません。
ただ、
理由があることと、このままでいいことは別です。
「頼る」と「甘える」は違う
人は、一人では生きていけません。
相談してもいい。
助けてもらってもいい。
人の力を借りてもいい。
違いは、
自分で考えたうえで、人の力を借りているのか。
それとも、
考えることや決めることまで、誰かに委ねているのか。
助けを求めることと、
自分の人生を誰かに預けることは違います。
自立には、怖さがある
甘えを手放すと、
ものすごい怖さが出てくることがあります。
今まで誰かに委ねていたものを、
自分で引き受けることになるからです。
誰かのせいにはできない。
失敗しても、人のせいにはできない。
だから、
誰かに決めてもらうほうが楽なこともあります。
それでも、その怖さから逃げ続けていたら、
自分で人生を選ぶことはできません。
自分を知ることから
「なぜ私は、甘えてしまうのだろう?」
その答えは、
今の自分だけを見ても見つからないかもしれません。
これまでの経験。
人との関わり。
自分を守るために身につけた考え方。
そこまでたどっていくと、
今の自分が見えてくることがあります。
過去の自分を責める必要はありません。
大切なのは、
自分を知り、これからを自分で選ぶこと。
甘えを断ち切る。
その先にあるのが、
自立なのかもしれません。
「なぜ、私は甘えてしまうのか?」
その答えは、
今の自分だけを見ても見つからないかもしれません。
甘えの奥には、
これまでの経験や人との関わりが隠れていることがあります。
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